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夏淑琴さん名誉毀損裁判 Issue#01 2007.12.5 A Xia Shuqin libel trial

夏淑琴さん名誉毀損裁判

インタビュー
被害の状況(新路口事件)
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判決文
  要旨
  全文
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資料紹介


資料

崇善堂資料集成
 
歩兵第9連隊第11中隊陣中日誌 昭和12年8月24日〜13年4月23日


ティンパーリ『戦争とは何か』出版経緯


特集 夏淑琴さん名誉毀損裁判

 
 
夏淑琴さんインタビュー
 
 

 勝利判決の翌日、戦後責任dotcom事務局メンバーである梁英聖氏、「コルチャック先生」、および南京への道・史実を守る会のT氏の3名で夏淑琴さんを訪ねてインタビューをさせて頂きました。以下は、その時のインタビューの模様です。
 
 

”被告 東中野に会って質問したい…

夏淑琴さん 2007年11月3日集会◆夏淑琴さん
判決の結果が勝訴となり、とても嬉しく思います。
金額的にも、弁護士の話によれば、日本での名誉毀損に対する賠償額としてはかなり高いほうだと聞きましたが、これはお金の問題ではありません。
私は、自分の名誉を毀損されてからというもの、7年間も南京で裁判を続けてきました。これまで東中野本人は一度も法廷に来ていないし、私は今まで直接会ったこともありません。そのことに不満を感じています。私は本人と直接会いたいのです。
私は東中野本人に質問したいんです。なぜ私、その本当の証人に対して、そんな嘘をつくのか、嘘をついている人はいったい誰なのですか、と。

◆梁
なるほど。会いたい、か・・・

◆夏淑琴さん
直接会いたい。会ってね、直接聞きたいんですよ。なぜそんなことを言うのか。
なぜ私を偽の証人と書くのでしょうか。そういうことです。

◆梁
いやー本当に良かったですね。

◆夏淑琴さん
もうひとつは、やっぱり今年は南京大虐殺70周年で、そのまもなく12月13日で70周年ですから、そのまあ今ですね、この判決が勝訴ということは非常に意味深いと思いますが、それは私南京大虐殺の生存者また遭難者ですね、そういうことを聞いて、たぶん皆ですね、心の中で慰めて、30万人の遭難者の霊を慰めることができるだろうと思っています。まああの私ひとりじゃなくてね、大勢の遭難者の方がですね、そういう勝訴に対して霊を慰めることができるでしょう。

◆梁
今のお気持ちとかを誰に伝えたいですか?

◆夏淑琴さん
あのね、私はですね、あの初めて日本に来たときは、10年前なのかな、あの初めて日本で証言したときはですね、あのほとんど若者が、その事件に対して知らない人が多いみたいですね。まだ30歳の人もね、その事件に対して分からない人もいますね。それを私は非常に、あのまだ、若者が知らないと、それは、あの昔の戦争の、侵略戦争の悲惨さを知らないから、もちろん皆さんの、日本軍のやった悪いことは今の皆さんとは関係ないけれど、皆さんのおじいさんおばあさんの時代にですね悪いことやったんですが、今の若者と関係ないけれど、でもね、それは軍国主義の教育のなかで、侵略戦争の道を行くんですが、やっぱり若者にそのことをわかって、そしてこれからね、こういう侵略戦争を繰り返さないようにして、絶対戦争はしないで、という気持ちでいっぱいでした。若者にお伝えしたい、ということです。

◆梁
僕たち一応、日本で若い世代で、日本の中で戦後責任とか戦争責任の問題を広めていく運動をやっていきます。まああの、今お話聞いて、夏さんがこういうことを訴えて、戦っていくということが、あったから、僕らもこういうことを知れたので、とても感謝の気持ちをお伝えしたいというか・・・

◆夏淑琴さん
謝謝、謝謝。ありがとうございます。

◆T氏
今のお話を聞いててちょっとひとつ思ったんですけど、東中野に会いたいって仰った。夏さんはもう日本に何回もいらしていて、日本の右翼の卑劣さとか、昨日も来たでしょう? 夏さんは右翼のこと知ってると思うんですね。でも、それでも東中野に会いたいっていうそのお気持ち、というか、すごく勇気があると思って、怖かったりしないのか、それでも会いたいと思うのか。

◆夏淑琴さん
私は怖くない。悪い人でもですね、私は会いたいしね、また彼にそれを自分のことをきちんと話して、ちゃんと真実を教えたい。そういう気持ちです。悪い人でも私は単にちゃんと教えたいということです。

◆T氏
怖いという気持ちはない。

◆夏淑琴さん
私はぜんぜん怖くない。というのはですね、そういう人は単に僅かの一部分だと思います、多くの日本人は単に皆さんのようないい人が多いと。そして私は真実を言うから、本当のことを言うから私はぜんぜん怖くない。

◆梁
うん。わかりました。…確かにな、そうですね。自分も、日本の右翼と対峙して裁判やったときに結構妨害しに来たりとか結構いて、みんなこう限界でですね、やっていたもんですから、そういう人を日本でだんだん減らしていくというか、そういうことに取り組んでいきたいとは思いますが。

◆一同
そうですね。

◆夏淑琴さん
いい人が多いですね。
 
 

大虐殺の犠牲者を思い裁判を起こした…

夏淑琴さん 2007年11月3日集会◆梁
今回、裁判しようと思うというのは、かなりやっぱり勇気がいることだと思うんですね。僕、個人的に「慰安婦」裁判の支援運動をやっていて、やっぱり原告の人、被害者の人がこういうの名乗り出て、しかもさっき東中野さんと会って話をしたいと仰ってるのがすごいなと思うんですね。長年ずっと闘ってこられたわけなんですけど、提訴するっていうことを決心した何か、やっぱりすごい勇気みたいなのがあったと思うんですけど、何がそうさせたのかということを。

◆夏淑琴さん
その勇気というのは、やはり家族の死を思うとですね。短い時間に9人の幸せな家族は7人を失ったんですね。日本軍によって殺されてしまったこと、私はそのことを思い出すと勇気が出ました。南京大虐殺では私の家族だけが犠牲となったのではなく、全部で30万人の死者がいます。私は自分の家族だけがその犠牲者になっていたのなら、日本に来て裁判を起こすことはしませんでした。私の家族のことだけではなく30万人の人たちのことを思い裁判を起こしたのです。そして、私は94年に始めて日本に来て虐殺の話をしたときは、虐殺のことをしらない大勢いました。30代の人にも知らない人がいました。だから今まで4回日本に来たのです。今回で5回目です。
虐殺のことを今思い出してですね、沢山のことが目の前に思い浮かびます。焼き払われた南京には食べ物も住む場所も無りません。日本軍が来て略奪、放火、強姦をしました。私がいた場所だけではなく、南京のすべてでおこなわれたのです。

◆梁
お答えが難しいのでしたら、それで構わないのですが、裁判をしていて、中国の人たちの反応はどのようなものだったのですか。

◆夏淑琴さん
みなさんと同じように支えてくださいました。南京で多くの人たちが私と同じような体験をしたから。

◆梁
東中野氏が夏さんを偽者扱いしたことについて、どういった経緯で知ることになったのですか。

◆夏淑琴さん
学校に通っていたことが無かったから、私は字があまり読めません。東中野氏が本を出しましたよね。その本を読んだ人がいて、私にそのような本が出されていること、その中身にについて教えてもらいました。おかしいですよね。私は被害者として何も書いてないのに、向こうはそのようなことを書いて。私は家族のうち7人を殺されて、そのようなことを何も書いてないのに、日本人のした悪いことも書いてないのに、おかしいじゃないですか。私は非常に怒りを感じています。
 
 

「本当に感謝しています」

夏淑琴さん 2007年11月3日集会◆梁
今回の判決が下されてよかったですね。

◆夏淑琴
南京の記念館の皆様、弁護士の皆さん、日本の弁護士の皆さんには本当の正義のために私を支援してくださり、本当に感謝しています。私は子供のころから苦労したのですが、年をとってから、まあまあ安定した幸せな生活を過ごしていけると思っていたのですが、突然このようなことが起き、またつらいことを思い出して、私は安定した生活をできなくなりました。それ以来、私は家で泣いてばかりです。

◆梁
お話を聞いていて、本当にお話を聞けることができ、この場にいることをうれしく思います。夏さんは7年間毎日泣かれていたのに、つらいことがあっても、それでも負けずに裁判で闘われこられた。だから私たちも支援運動を出来ていますし、たぶん裁判を起こさなかったら、事件そのものを知らなかったかも知れないので、その意味では非常にに感謝しています。

◆夏淑琴さん
インターネットにより(事件のことなどを)広めることが出来ます。

◆梁
ありがとうございました

◆夏淑琴さん
この前にですね、日本人、朝鮮人の人たちに案内をしてもらったことがあります。長崎などを案内してもらい、だから日本で朝鮮人が多く命を落としたことを知っています。やはり朝鮮人も同じですねということ、私と同じように家族を失い、家を失ったということを、日本人に案内してもらい知ることが出来ました。

◆梁
それはいつのことですか。

◆夏淑琴さん
5回目に日本に来たとき、裁判での戦いの間、長崎、広島を案内してもらったときです。

◆梁
忙しい中、夏淑琴さん有難うございました

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